結論:神戸市でも362区画中19区画しか売れていません
神戸市は新長田駅南地区の再開発ビルに床を保有しています。市が公表している処分状況によると、当初の市保有は362区画。このうち2026年6月30日時点で処分できたのは19区画(1,196.72平方メートル・5億1,700万円)にとどまり、残りの316区画は賃貸、27区画は未利用のままです(出典: 神戸市 新長田南再開発の市保留床の処分状況および取り組み)。
処分率にすると約5%です。資金力も情報も持っている自治体が、それでもこの数字になっています。
再開発ビルの一室を相続した、あるいは店舗として持っているという方が「なかなか売れない」と感じるのは、物件が特別に悪いからではありません。再開発ビルの区分所有には、普通のマンションと違う構造的な売りにくさがあります。
神戸市は新長田の事業について、収支や成果を自ら検証した資料を公開しています。この記事では、その一次資料の数字をもとに、売れない理由を5つに整理します。理由が分かれば、どこを準備すれば有利になるかも見えてきます。
前提:新長田で30年かけて何が起きたのか
新長田駅南地区震災復興第二種市街地再開発事業は、阪神・淡路大震災の直後、1995年(平成7年)3月17日の都市計画決定から始まりました。約30年におよぶ事業です。
神戸市の検証資料によると、事業完了見込み時点の収支は次のとおりです(出典: 神戸市 新長田駅南地区 震災復興第二種市街地再開発事業 事業の検証(案))。
| 項目 | 都市計画決定時 | 事業完了見込み |
|---|---|---|
| 支出計 | 2,711億円 | 2,279億円 |
| 収入計 | 2,711億円 | 1,772億円 |
| うち保留床処分金 | 1,691億円 | 698億円 |
| 今後の保留床処分見込額 | — | 181億円 |
| 収支差 | 0 | マイナス326億円 |
赤字の主因は工事費ではありません。床が計画どおりに売れなかったことです。保留床処分金は計画から993億円も減りました。
背景として、同資料は2つの事実を挙げています。ひとつは、新長田駅南地区の周辺路線価が平成7年を100とすると平成14年時点で49%まで下落していたこと。もうひとつは、平成14年までに用地購入の92%が完了していたのに対し、建物・土地の売却は49%にとどまっていたことです。つまり相対的に割高な時期に用地を取得し、割安な時期に売る形になりました。
再開発は「地価が上がる」という前提で成り立つ仕組みです。前提が崩れると、床は計画価格では売れません。ここが出発点です。
理由1:床そのものが余っている
新長田の商業床は、震災前の約48,000平方メートルに対し、整備後は約52,000平方メートルになりました。震災前と同程度の規模を確保した形です。
問題はその内訳です。同じ検証資料によると、52,000平方メートルのうち神戸市保有床が約30,600平方メートルを占めます。全体の約59%です。権利者が取得した分譲床は約20,000平方メートルにとどまりました。
これは売主にとって何を意味するか。自分が売りに出したとき、同じビルの中に市が保有する大量の空き床や賃貸床が並んでいるということです。買い手から見れば選択肢が多く、価格交渉で強く出る必要がありません。
理由2:階層によって売りやすさがまったく違う
再開発ビルは「1棟いくら」で語れません。神戸市の検証資料には、階層別・所有形態別の店舗面積が整理されています。
| 階層 | 全体面積 | うち神戸市保有床 |
|---|---|---|
| 地下1階 | 10,700平方メートル | 9,100平方メートル |
| 1階 | 25,300平方メートル | 11,200平方メートル |
| 2階 | 14,200平方メートル | 9,900平方メートル |
| 3階以上 | 1,800平方メートル | 400平方メートル |
地下1階は面積の約85%、2階は約70%が市保有のまま残っています。一方、1階は権利者が取得した床の比率が高い構成です。
この差について、検証資料は率直に「地下1階と2階は思うように処分できなかった」と記しています。地上1階の商店街に面した区画には権利者が配置され、そこは埋まった。しかし地下と2階は埋まらなかった、という整理です。
売却を考えるとき、まず確認すべきは自分の床が何階にあるかです。1階の路面区画と、地下や2階の区画では、想定すべき売却期間も価格も別物になります。同じビルの同じ面積でも同列に扱えません。
理由3:買主が住宅ローンを使えない
店舗や事務所として使われている床は、居住用ではないため住宅ローンの対象になりません。買主は事業用のローンを組むか、現金で購入することになります。
住宅なら「住むために買う個人」という広い母数がありますが、店舗床の買主は「そこで商売をする人」か「賃貸に出して利回りを取る投資家」に限られます。買い手の母数が一桁変わると考えてよい部分です。
投資家が見るのは利回りです。ここで効いてくるのが次の理由4です。
理由4:管理費・修繕積立金が利回りを削る
再開発ビルは、通常のマンションより共用部が大きくなりがちです。新長田の場合、地下・地上1階・2階を歩行者デッキなどでつなぐ構造が採用されており、共用部の維持管理の負担は小さくありません。
投資家が区分所有の店舗床を検討するとき、家賃収入から差し引くのは次のような費用です。
- 固定資産税・都市計画税
- 管理費・修繕積立金
- 賃貸管理を委託する場合の管理手数料
- 空室期間の損失
これらを引いた後の手取りが薄ければ、買う理由がなくなります。管理費や修繕積立金の水準が高いビルほど、投資家が出せる価格は下がります。しかも売主が滞納していれば、その支払い義務は買主に承継されるのが原則です。売却前に滞納を解消しておくかどうかで、話の進み方が変わります。管理費まわりの整理は修繕積立金の値上げとマンション売却でも触れています。
理由5:取得費が分からず、税金が重くなりやすい
これは震災から30年が経った今、実際に効いてくる問題です。
不動産を売って利益が出ると譲渡所得税がかかります。この計算では、売却価格から取得費(買ったときの金額)と譲渡費用を差し引きます。取得費を示す資料が残っていない場合、売却金額の5%を取得費とみなす概算取得費が使われます(出典: 国税庁 No.3258 取得費が分からないとき)。
再開発で取得した床は、権利変換や買収の手続きを経ています。当時の書類が残っていないケース、相続で引き継いだが経緯が分からないケースは珍しくありません。
具体的な計算例:1,000万円で売却した場合
所有期間が5年を超える長期譲渡所得の税率は20.315%です(出典: 国税庁 No.3208 長期譲渡所得の税額の計算)。譲渡費用を40万円として比較します。
取得費の資料が見つからない場合
- 概算取得費:1,000万円 × 5% = 50万円
- 譲渡所得:1,000万円 − 50万円 − 40万円 = 910万円
- 税額:910万円 × 20.315% = 約185万円
取得費600万円を示す資料がある場合
- 譲渡所得:1,000万円 − 600万円 − 40万円 = 360万円
- 税額:360万円 × 20.315% = 約73万円
差は約112万円です。書類を探す作業に、それだけの価値があります。取得費の探し方は取得費が分からない場合の対処で詳しくまとめています。なお税額は個別の事情で変わるため、最終的な判断は税理士または税務署に確認してください。
売る前に準備しておく3つのこと
理由が分かれば、対策も具体的になります。
- 権利変換・買収時の書類を探す — 補償金の明細、権利変換計画の通知、当時の売買契約書、確定申告の控え。これが取得費の根拠になります。相続なら、亡くなった方の書類一式が対象です。
- 管理組合から資料を取り寄せる — 長期修繕計画、修繕積立金の残高、滞納の有無、管理費の月額。買主が必ず見る書類なので、先に手元に用意しておくと交渉が早く進みます。
- 自分の床の位置を正しく把握する — 何階のどの区画か、路面に面しているか、同じフロアに市保有の空き床がどれだけあるか。これが価格の期待値を決めます。
神戸市の中古マンション市場全体は、成約平方メートル単価が前年同期比プラス9.9%と上昇しています(2026年4〜6月期・出典: 近畿レインズ 季刊市況トレンドレポート2026年4〜6月期)。ただしこれは住宅の数字です。同じ神戸市内でも、住宅と再開発ビルの商業床では市場がまったく別だという点は、期待値を持つうえで押さえておいてください。区ごとの傾向は神戸市で不動産売却を成功させる7つのポイントで整理しています。
よくある質問
Q. 再開発ビルの住宅部分も売りにくいのですか?
この記事で扱った売れにくさは、主に店舗・事務所などの商業床の話です。同じ再開発ビル内でも住宅部分は住宅ローンの対象になり、買い手の母数が大きく違います。神戸市の検証資料でも、住宅と商業は別々に検証されています。
Q. なぜ神戸市はこれだけ床を持っているのですか?
第二種市街地再開発事業では、施行者がいったん用地を買収し、建てた建物の床を権利者や一般に処分して事業費を回収します。新長田では処分が計画どおりに進まなかったため、売れ残った床が市の保有として残りました。市は令和元年度末時点で299億円を一般会計から繰り入れています。
Q. 賃貸に出したまま売ることはできますか?
賃借人がいる状態で売ること自体は一般的に行われています。買主は投資家が中心となり、価格は利回りで判断されます。ただし賃貸借契約の内容がそのまま引き継がれるため、契約条件によっては価格に影響します。個別の判断は宅地建物取引業者に確認してください。
Q. 取得費の書類がどうしても見つからないときは?
概算取得費(売却金額の5%)を使うことになります。ただし、当時の分譲価格を示す資料や、購入時のローン契約書、通帳の記録などが取得費の説明材料として検討される場合があります。何が使えるかは事案ごとに異なるため、税務署または税理士に相談してください。
Q. 新長田の再開発ビルは、これから良くなる見込みはありますか?
神戸市は検証資料で、今後もまちの活性化を進めて資産価値の向上に取り組み、積極的に売却を進めるとしています。一方で、収支差の326億円については一般会計繰入金で対応せざるを得ないとも記載しています。将来の見通しを断定できる材料は公表資料の中にはありません。
売る前に、手取り額を知っておきませんか
不動産売却は、売る前の準備で決まります。URUMAEの無料ツールなら、査定前に自分で概算をつかめます。
- 売却手取り計算ツールを使う — 税金・費用を引いた「手元に残る金額」を3分で試算
- 相続シミュレーターを使う — 相続した不動産の分け方・税金をその場で確認
※税額は個別の事情で変わります。最終判断は税理士・税務署にご確認ください。
