結論:相続放棄をしたら、その不動産は売却できません。売ってしまうと放棄自体が無効になります
まず、いちばん誤解が多い点からお伝えします。相続放棄と不動産の売却は両立しません。相続放棄をすれば、その人は初めから相続人でなかったことになるため、不動産を売る権利そのものがなくなります。
さらに危険なのは順番を間違えるケースです。民法921条には、相続人が相続財産の全部または一部を「処分」したときは、単純承認(すべての財産と借金を無条件で相続すること)をしたものとみなす、という規定があります。つまり、相続放棄をするつもりだったのに先に実家を売ってしまうと、放棄ができなくなり、被相続人(亡くなった方)の借金まで全部背負うことになりかねません。売却だけでなく、預貯金を使う、遺産分割協議に参加するといった行為も処分にあたり得ます。「ボロ家だから処分してから放棄しよう」は最悪の順番です。
この記事では、相続放棄の期限と手続き、2023年の民法改正で変わった管理義務、放棄後に不動産がどうなるか(相続財産清算人と予納金)、そして「放棄の前に検討すべき代替案」として売却・相続土地国庫帰属制度との比較を解説します。実際には、「放棄しか道がないと思い込んでいたものの、調べてみると売れる家だった」という例も珍しくありません。
相続放棄の期限は3ヶ月:熟慮期間と伸長の申立て
相続放棄は、家庭裁判所に申述(申し立て)して初めて成立します。親族間で「私は何もいらない」と宣言したり、遺産分割協議書に「相続しない」と書いたりしても、法律上の相続放棄にはなりません。借金の請求は普通に来ます。
手続きの要点は次のとおりです(出典: 裁判所 相続の放棄の申述)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 期限 | 自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月以内 |
| 申述先 | 被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所 |
| 費用 | 収入印紙800円(申述人1人につき)+連絡用郵便切手 |
| 主な書類 | 申述書、被相続人の住民票除票等、申述人の戸籍謄本など |
| 期限の延長 | 財産調査が終わらない場合は「期間伸長の申立て」で延長を求められる |
3ヶ月という期間は、財産と借金の全体像を調べて「相続するか放棄するか」を判断するための熟慮期間です。不動産の価値がわからず判断できないときは、期限内に伸長の申立てをしてください。なお、一度受理された相続放棄は原則撤回できません。「後から高く売れると知った」ではやり直しがきかないため、放棄の前に不動産の査定を取っておくことを強くおすすめします。
2023年民法改正後の管理義務:「現に占有している者」だけに残る
「相続放棄しても空き家の管理義務は永遠に残る」という古い情報がいまだに出回っていますが、2023年4月施行の民法改正で整理されました。
改正後の民法940条では、放棄後も財産の保存義務を負うのは、放棄の時点でその財産を「現に占有している」者に限られます。現に占有とは、その家に住んでいる、鍵を管理して事実上支配しているといった状態です。
- 遠方に住んでいて実家に住んでもおらず、鍵の管理もしていない相続人が放棄した場合、原則として保存義務は負いません
- 同居していた相続人が放棄した場合は、次の相続人か相続財産清算人に引き渡すまで、その家を自分の財産と同程度の注意で保存する義務が残ります
つまり「放棄すれば全員が即座に無関係になれる」わけでも、「放棄しても全員に管理義務が残る」わけでもありません。誰が占有しているかで結論が変わります。空き家が倒壊して第三者に損害を与えた場合の責任リスクにも関わるため、実家に住んでいた方が放棄する場合は、放棄後の建物の扱いを先に決めておく必要があります。
放棄したあと不動産はどうなる?相続財産清算人と予納金
相続人全員が放棄すると、不動産は宙に浮きます。自動的に国のものになるわけではありません。利害関係人(債権者など)の申立てにより家庭裁判所が相続財産清算人(相続人がいない財産を清算する人。通常は弁護士等が選ばれます)を選任し、清算人が財産を売却・清算して、残余があれば最終的に国庫に帰属します。
ここで見落とされがちなのが予納金です。清算人の報酬や管理費用に充てるため、申立人が数十万円〜100万円程度の予納金を求められることがあります(財産の内容により増減し、清算後に残れば返還されます)。占有していた放棄者が管理から解放されるには清算人への引き渡しが出口になりますが、誰も申し立てなければ空き家状態が続く、というのが実務の現実です。「放棄すれば終わり」ではない理由がここにあります。
「ボロ家だから放棄」の前に:売却・国庫帰属と比較してください
放棄は借金が財産を上回るときの強力な手段ですが、不動産が古いというだけの理由で選ぶ手段ではありません。放棄はプラスの財産(預貯金・他の不動産)も全部手放す制度だからです。判断の枠組みを整理します。
| 選択肢 | 向いているケース | 費用・注意点 |
|---|---|---|
| 相続して売却 | 借金が財産を上回らない場合の第一候補。古家でも土地値で売れることが多い | 仲介手数料等。相続登記(2024年4月から義務化・3年以内)が必要 |
| 相続して国庫帰属 | 売れない土地を国に引き取ってもらいたい場合 | 建物付きは申請不可=解体が前提。審査手数料1筆14,000円+負担金(原則20万円〜) |
| 相続放棄 | 借金が明らかに多い場合。全財産を手放す覚悟があるとき | 3ヶ月期限。撤回不可。占有者には保存義務が残る |
相続土地国庫帰属制度は、相続した土地の所有権を国に引き取ってもらう制度ですが、建物がある土地・境界が明らかでない土地・担保権付きの土地などは申請できず、承認されれば10年分の標準的な管理費用に相当する負担金の納付が必要です(出典: 法務省 相続土地国庫帰属制度)。「タダで引き取ってもらえる制度」ではない点に注意してください。
計算例で考えてみます。実家(土地1,200万円・建物価値ゼロ)と預貯金300万円、借金100万円を相続するケース。相続放棄をすると手元に残るのは0円です。一方、相続して借金を返し、解体費150万円をかけて更地で売却できれば、概算で1,200万円+300万円−100万円−150万円−仲介手数料等約50万円=約1,200万円が残ります(税金は取得費等により別途。あくまで概算です)。「古い=価値がない」とは限らないので、放棄の判断前に必ず査定額という事実を確認してください。実家の売却準備は相続した実家を売る前のチェックリスト、土地として売る場合の税金は土地売却の流れと税金もあわせてご覧ください。
相続放棄を選ぶ場合の注意点まとめ
- 放棄の前に遺品整理で価値のある物を持ち帰らない・形見分けの範囲を超えない(処分とみなされるリスク)
- 固定資産税の納税通知が来ても、放棄が受理されていればその年度以降の納税義務は次順位者等の問題になります。ただし1月1日時点の登記名義などで請求が来た場合は放置せず専門家に確認を
- 自分が放棄すると、次順位の親族(親、次に兄弟姉妹)に相続権と借金が移ります。事前に一報を入れておくのが親族トラブル回避の鉄則です
- 生命保険金(受取人指定あり)は相続財産ではないため、放棄しても受け取れるのが原則です
よくある質問
Q. 相続放棄した実家に住み続けることはできますか?
できません。放棄後も住み続けると、財産を事実上支配している状態が続き、占有者としての保存義務を負い続けるうえ、賃料相当額の清算を求められるリスクもあります。住み続けたいのであれば、放棄ではなく相続して他の債務整理手段を検討すべき場面です。
Q. 家の中の遺品整理をしてから放棄しても大丈夫ですか?
経済的価値のない物の処分や、社会通念上相当な範囲の形見分けは単純承認にあたらないと解されていますが、境界線は曖昧です。貴金属や骨董品など換金価値のある物に手を付けると危険です。放棄を検討中なら、遺品整理は受理後まで待つか、事前に弁護士へ確認してください。
Q. 3ヶ月を過ぎてしまったら、もう放棄できませんか?
原則はできませんが、借金の存在を知り得なかった事情がある場合など、例外的に「知ったときから3ヶ月」の起算が遅れると判断された裁判例もあります。督促状が届いて初めて借金を知ったようなケースは、あきらめる前に弁護士に相談してください。
Q. 相続放棄と相続税は関係ありますか?
放棄した人は財産を取得しないため、その人に相続税はかかりません(保険金を受け取る場合は課税対象になり得ます)。なお、相続人の中に放棄者がいても、相続税の基礎控除額の計算では放棄がなかったものとして法定相続人の数を数えます。個別の税額は税理士にご確認ください。
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※税額は個別の事情で変わります。最終判断は税理士・税務署にご確認ください。
