結論:使える特例は実質2つ。併用できないので「どちらで申告するか」を売る前に決めます
相続した不動産を売却したときにかかるのは、相続税ではなく譲渡所得税・住民税です(相続税は相続の時点で精算済み)。そして税額を左右する特例は、実質的に次の2つです。
- 取得費加算の特例(国税庁No.3267): 払った相続税の一部を取得費に上乗せして譲渡益を圧縮する
- 相続空き家の3,000万円特別控除(国税庁No.3306): 実家の譲渡益から最大3,000万円を直接差し引く
重要なのは、この2つが同じ不動産の売却で併用できないことです。多くのケースでは控除額の大きい空き家特例が有利ですが、空き家特例は建築時期などの要件が厳しく、使えない物件も多くあります。さらにどちらの特例にも売却期限があるため、「いつまでに・どちらで売るか」を売り出し前に決めておくことが、相続不動産の売却で最も重要な準備になります。
実際の相続物件の売却では、税金の話を後回しにした結果、特例の期限を数か月過ぎてから売れてしまった、という残念なケースが少なくありません。この記事で期限と判断基準を先に押さえてください。
基本:取得費と所有期間は亡くなった方から引き継ぎます
まず前提となるルールです。相続や贈与で取得した不動産を売る場合、取得費(買った値段)と取得時期は、被相続人(亡くなった方)のものをそのまま引き継ぎます(出典: 国税庁 No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期)。
- 譲渡益の計算: 売却価格 −(親が買ったときの購入代金など)− 譲渡費用
- 所有期間の判定: 親が買った日から通算。親が30年前に購入した実家なら、相続の翌月に売っても長期譲渡(税率20.315%)
ここで大きな問題になるのが、親の購入時の契約書が見つからないケースです。取得費を証明できないと、概算取得費として売却価格のわずか5%しか認められません。2,500万円で売れた実家なら取得費125万円扱いとなり、売却額のほぼ全部が「もうけ」として課税対象になってしまいます。相続が発生したら、実家の権利証や通帳と一緒に、購入時の売買契約書を必ず探してください。
特例1:取得費加算の特例(期限は相続開始から約3年10か月)
取得費加算の特例は、相続税を納めた人が、その相続税のうち売却した不動産に対応する部分を取得費に上乗せできる制度です(出典: 国税庁 No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例)。
主な要件は次の3つです。
- 相続や遺贈で財産を取得した人であること
- その人に相続税が課税されていること(相続税を払っていない人は使えません)
- 相続開始のあった日の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売却すること
相続税の申告期限は相続開始から10か月なので、売却期限は実質「相続開始から約3年10か月以内」です。取得費に加算できる金額は、納めた相続税額のうち、売った不動産の相続税評価額が課税対象財産全体に占める割合に対応する部分です。
この特例は実家に限らず、相続した賃貸マンションや土地などどの相続財産の売却にも使えるのが強みです。一方、圧縮できるのは「相続税の一部」なので、相続税が少額だった場合は節税効果も小さくなります。
特例2:相続空き家の3,000万円特別控除(2027年12月31日までの売却)
こちらは、亡くなった方が一人で住んでいた実家(空き家)を売ったとき、譲渡益から最大3,000万円を差し引ける制度です(出典: 国税庁 No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例)。主な要件を表にまとめます。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 建築時期 | 昭和56年5月31日以前に建築された家屋(旧耐震基準)であること |
| 建物の種類 | 区分所有建物(分譲マンションなど)は対象外 |
| 被相続人の居住 | 相続開始の直前に被相続人が一人で住んでいたこと(老人ホーム入所は一定要件で可) |
| 相続後の利用 | 相続から売却まで、住んだり貸したり事業に使ったりしていないこと |
| 耐震性 | 耐震基準を満たすようリフォームして売るか、家屋を取り壊して売ること(2024年以降の譲渡は、売却翌年の2月15日までに買主側で行う工事でも可) |
| 売却期限 | 相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日まで、かつ2027年(令和9年)12月31日までの売却 |
| 売却価格 | 1億円以下であること |
| 控除額 | 最大3,000万円(相続人が3人以上の場合は1人2,000万円・2024年以降の譲渡) |
「昭和56年5月31日以前建築」という線引きで対象外になる実家が多いこと、分譲マンションが使えないことが、実務上の2大ハードルです。制度の期限が2027年12月31日に迫っている点にも注意してください。
比較表:取得費加算 vs 空き家特例(併用不可)
| 項目 | 取得費加算の特例(No.3267) | 相続空き家の特例(No.3306) |
|---|---|---|
| 節税の仕組み | 相続税の一部を取得費に加算 | 譲渡益から最大3,000万円を控除 |
| 対象物件 | 相続したすべての不動産 | 旧耐震の実家(戸建て)のみ |
| 相続税の納税 | 必要(払った人だけ) | 不要(相続税ゼロでも使える) |
| 売却期限 | 相続開始から約3年10か月 | 相続開始から3年目の年末かつ2027年末 |
| 節税規模の目安 | 相続税額に比例(数十万〜数百万円) | 最大約610万円(3,000万円×20.315%) |
| 併用 | 同じ物件では空き家特例と選択制 | 同じ物件では取得費加算と選択制 |
どちらが得か:判断基準は3つ
- 空き家特例の要件を満たすなら、まず空き家特例。控除3,000万円のインパクトは、相続税が数千万円級でない限り取得費加算を上回ることがほとんどです。
- 物件が要件外(新耐震の家・マンション・貸していた等)なら取得費加算。相続税を納めていることが条件です。
- 相続税が高額な場合だけ、両方を試算して比較。納めた相続税が大きいと取得費加算の効果が3,000万円控除を超えることがあります。
なお、複数の不動産を相続した場合、A物件は空き家特例・B物件は取得費加算、という物件ごとの使い分けは可能です。適用可否の判断は要件が細かいため、申告前に税理士に試算してもらうことをおすすめします。
計算例:昭和55年築の実家を2,500万円で売却
被相続人(父)が昭和55年に建てた戸建てを相続し、家屋を取り壊して2026年に2,500万円で売却したケースで、2つの特例を比べます。父の購入時の契約書はなく、取得費は概算取得費(売却価格の5%=125万円)、譲渡費用は取壊し費用を含め180万円、納めた相続税のうちこの物件に対応する額は120万円とします。
共通の譲渡益: 2,500万円 − 125万円 − 180万円 = 2,195万円
案1: 空き家特例を使う場合
- 課税譲渡所得 = 2,195万円 − 3,000万円 → 0円
- 税額: 0円
案2: 取得費加算を使う場合
- 課税譲渡所得 = 2,195万円 − 120万円(相続税の加算分)= 2,075万円
- 税額 = 2,075万円 × 20.315%(長期譲渡)= 約421万5,000円
このケースでは空き家特例の圧勝で、その差は約420万円です。取得費が5%しか認められない相続物件ほど譲渡益が大きく出るため、3,000万円をまるごと引ける空き家特例の価値が際立ちます。逆に言えば、要件を外して空き家特例を失うと数百万円単位の税負担になるため、「3年目の年末」という期限から逆算した売却スケジュールが不可欠です。
よくある質問
Q. 相続登記をしていなくても売却できますか?
できません。売却には相続登記(名義変更)が必須です。しかも相続登記は2024年4月から義務化されており、取得を知った日から3年以内に登記しないと10万円以下の過料の対象になり得ます。売却を考えているなら、遺産分割協議と相続登記を最優先で進めてください。
Q. 兄弟3人で相続した実家を売る場合、空き家特例はどうなりますか?
要件を満たせば相続人それぞれが控除を使えますが、2024年以降の譲渡では相続人が3人以上の場合、控除額は1人2,000万円に縮小されます。共有で売却する場合は、各自が確定申告を行います。
Q. 実家に自分が住んでから売れば、普通の3,000万円控除が使えますか?
生活の実態として居住すれば、居住用財産の3,000万円特別控除(No.3302)の対象になり得ます。ただし特例を受けるためだけの一時入居は適用外と明記されています。形だけの住民票移動は通用しません。詳しくは3,000万円特別控除の解説記事をご覧ください。
Q. 売却益にかかる税率はいくらですか?
親の所有期間を通算して判定するため、ほとんどの相続物件は長期譲渡の20.315%です。税率と計算式の全体像は不動産売却の税金 完全ガイドにまとめています。
Q. 売る前に実家の状態を確認したいのですが、何から始めればいいですか?
権利証・契約書などの書類確認、相続登記、境界と残置物の確認が最初の3点です。手順は相続した実家のチェックリストで詳しく解説しています。
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※税額は個別の事情で変わります。最終判断は税理士・税務署にご確認ください。
